前向きなイメージを感じさせてくれる立川 歯医者です
痘気からウイルスヘR・PとR・Cは、感染症が微生物によって引き起こされることを示した最初の科学者であった。
一八00年代の中頃に活躍し、互いにライバルであった二人、パリのPとベルリンのKは、病気の材料のなかに細菌を突き止め、培養でそれを増殖させる方法を開発し、感受性のある動物に病気をうつすことができることを示した。
主にヒツジに致死性の病気を引き起こし、人間にも感染する炭痕菌は、こうして分離された最初の細菌であった。
これに続いて、結核やコレラなどの死をもたらす病原菌を含めて、多くの細菌が発見された。
こうした劇的な進歩の結果、現代の感染性疾患の「細菌説」が提唱されたのである。
Hの時代から一九世紀の初めまで、ヨ-ロッパでは病気は「ウイルス」と「ミアズマ」という二種類の毒によって起こされると一般に考えられていた。
「ウイルス」(病毒とは、蛇の毒、狂犬の唾液、植物の有毒な分泌物など、目に見える毒のことを指していた。
「ミアズマ」(療気)とは、沼、よどんだ水、動物の死体、まだ埋葬されてない人の死体、などから発する目に見えない気体であり、感染性の病気や疫病の原因であった。
科学的な考え方を訓練されていない人々がこのような信念を放棄して、本当は病気は外界からくる有毒な物質によって引き起こされるのでなく、彼らの身体に入り込んだごく小さな生き物によって引き起こされるということを受け入れるには、とてつもなく大きな考え方の飛躍を必要としたのである。
驚くべきことではないが、細菌説の革命的な発見があったあともしばらくの間は、細菌が病気の原因というよりは結果であると一般にまだ信じられていた。
この学説が広く受け入れられるようになったのは、やっと一九世紀も半ばになった頃であった。
二0世紀の初めまでに数百種類の細菌が同定されていたが、それでもなお原因のわからない多くの激しい感染症が存在していた。
そのような病気には、麻疹、天然痘、狂犬病、黄熱病、さらには、家畜の口蹄病、植物のタバコモザイク病といったごくありふれた病気があった。
感染は人の命に大きな被害をもたらすので、これらの病気のすべてがきわめて詳細に調査された。
しかしどのような細菌も分離することはできなかった。
一八七六年、ドイツの科学者でオランダのV農業研究所の所長をしていたA・Mは、おそらく初めてウイルス病を伝染させるのに成功した人であろう。
彼はタバコモザイク病を研究していたが、この病名はタバコ(植物)の葉に暗い斑点と明るい斑点をつくることから彼がつけた名前である。
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